ちゃーちゃん@中国

中国滞在10年以上の日本人女性から見える「生の中国」とは?



あなたの目には、中国はどのように映っていますか?

あなたが本当に知りたいことはなんですか?

影響力等は決してないですが、日本人と中国人の誤解が少しでも解ければと思って始めたブログです。



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「全体」という呪縛

本日日本一時帰国。

予約投稿をセットしたため、この記事がUPされる頃は空港だろう。

 

中国(留学)は自分が来たくて来た。自分で決めた選択肢。

しかし一時帰国となれば、はやり心は毎回浮き立った。

 

北京で留学、上海で就職を経験し、(それなりに)中国を知っているつもりでいた。

しかし瀋陽で結婚生活し始めた時、「正直大変なところに来てしまった!」と思ったものだ。

「中国好き」のひいき目で見てもだ。

北京や上海に比べ、人間もまだまだ発展途上の瀋陽。理不尽な不甲斐なさを感じることも多々ある。

 

しかし住めば都なのか。

最近はこの瀋陽の生活が、中国生活の中で一番落ち着き、日々のちょっとした隙間に楽しさを

感じられる。

 

なにが違うのだろうか?

 

例えば、以前北京や上海でいた頃は、“ちょっとしたこと”ですぐにイライラした。

「なぜそんなこともできないのか」と。

その後口をついて出た言葉は、「だから中国(人)は」「やっぱり〇〇は」だった。

 

今はどうだろうか?

「まぁ、そういう事(部分)もあるよね」という考え方をする。

 

そう、物事を部分的に捉えられるようになってから、気分が随分と楽になった。

  • あのスタッフさん、口は悪いが、仕事はきっちりこなす人だ
  • 押し売りっぽくされたけど、たくさんサービスしてくれた
  • 彼のあの部分は苦手だけど、あの部分はやっぱりすごい!

 

そんな風に、ネガティブな感情をその事(人)全体に掛けないようにできること、

これは異文化で暮らしていく中で、とても有効な手段ではないだろうか?

少なくとも私は、以前のような苛立ちはとても小さくなった。

 

日本と言う国は、調和性や協調性が求められるがゆえに、「部分的」という考えがしづらい国

なのかもしれない。

  • だから若者は
  • やっぱりでき婚だから
  • 高齢者たちと言えば・・・
  • みんなが〇〇が良いっていうから

そろそろ「全体」という呪縛から解放されてもいいのではないか?

自分自身が少しでも“楽”に生きるために。

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