ちゃーちゃん@中国

中国滞在10年以上の日本人女性から見える「生の中国」とは?



あなたの目には、中国はどのように映っていますか?

あなたが本当に知りたいことはなんですか?

影響力等は決してないですが、日本人と中国人の誤解が少しでも解ければと思って始めたブログです。



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【自叙伝】(6)英語敗北宣言

【前回のあらすじ】

大学3年生年明けから、取り組んだ就職活動。

将来「講師」になりたくて、人見知りを克服するためにあえて苦手分野を選んだ私。

そして運よく第一希望に内定。

就職活動終了宣言と共に、再び卒業論文に取り組み始める。

ほどなく中国に行けるかもというチャンスに出会う。

同時に、大学3年生の時に訪れた、Canada VancouverのChina townを思い出していた。

 

以前にも少し触れたが、志望大学であった外国語大学の第1希望、第2希望は見事全滅。

なんとか総合大学の外国語学部に入学した私。

自ら描いていた目標点とは程遠く、失意のうちに大学生活を過ごす一方で、大学名に

非常に強いコンプレックスを抱いていた。大学名を聞かれるのが本当に嫌だった。

また世の中は「失われた20年」と言われる程の不景気。超就職難と言われる時代。

そのため大学1年生の後期から「英会話、コンピューター、ワープロ」が三位一体と

なった資格スクールに通い、資格取得で大学名をカバーしようともがいていた。

 

そのスクールは日本の主要都市に設立され、合計11校あったように記憶している。

また「英語スカラシップ」と言う制度があり、一定単位を取得し、試験に合格すれば

低額でCanadaのUBC大学(The University of British Columbia)に夏休み中の3週間、

語学留学&ホームステイをさせてくれるというものであった。

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テストを何名受験したかはわからないが、筆記テストと面接が行われ、結果全国11校から

17名が選抜され、運良くその1名の中に選ばれた。

 

そしてお盆を過ぎた頃、Canadaの地に降り立った。

高校2年生のニュージーランドのホームステイから、約4年。大学入試と月日のお陰で

あの頃よりも格段にコミュニケーションが取れるようになっていた。

しかし…。

それは語学教室、あるいはホストファミリーと言う守られた世界の中でだった。

 

またちょうどその頃、ニュージーランドの"twins"は、着々と英語の階段を駆け上がり

英検1級に合格し、有名翻訳会社のトライアウトにも合格したと聞いていた。

英語が好きで英語に関わるようなことができれば、と思っていたが、目の前の現実に

弱く脆い心は、どんどん、どんどんどんどん、苦しくなっていった。

 

そんなある日、留学中の授業アクティビティで帰りが遅くなった。

いつも乗るバスは、すでに最終バスが出発していた。仕方なく一旦ダウンタウンまで出て、

乗り換えて帰宅というルートを辿らなければならなかった。

地図とにらめっこしながら、家の近くに止まるバス停がある路線を探した。

ホストマザーにも「遅くなる」という連絡を入れるため、電話BOXもようやく見つけた。

けれど肝心の乗車すべきバス停が見つからない。

周りの人に尋ねるも、聞く人ごとに違う意見。辺りは一刻一刻と暗くなってくる。

 

どうやら道路が工事中で、バス停が少し移動されていたのだ。

手書きの張り紙があるような、超簡易的なバス停。そしてなかなか来ないバス。

不安で胸が押しつぶされそうな時、やっと来たバス。でも乗客は私とインド系の方のみ。

彼はこちらをギョロっとにらみ、その勢いで私を上から下まで見た。

バスは私の気持ちに構うことなく、軽快に走る。

 

路線が違うため、初めて見る風景。

ホストマザー曰く、大回りをするから1時間少し時間がかかるとは聞いていたが、

私に苔が生えるのではと思えるほど、その1時間は長く感じた。

 

一番前の席に座り、ドライバーに「××streetという駅で下してほしい」と伝えても

何の返事もない。基本、降車の合図は紐を引いて知らせなければならないのだ。

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1時間を過ぎた頃、聞き覚えのあるストリートの名前が耳に入った。

一度ホストマザーと週末に買い物に出た時、通った道だった。

「あぁ、家の近くまで来たんだ」と思い、胸の重荷が少し軽くなった。

少し緊張が解けバスの中を見渡すと、乗客は私一人になっていた。

 

さらに10分ほど車を走らせたかと思うと、運転手のぶっきらぼうな声が耳に届く。

"Here!"

いつもはホームステイ先のブロックの北側バス停だが、今回は東側だった。

 

無事家に到着し、ホストマザーに抱きしめられたその温もりが、忘れられなかった。

同時に家の明るさとは真逆に、心はバスの中から見えた真っ暗なままだった。

英語と言う大きなつかみどころのない相手に、完全“敗訴”判決を下された気分だった。

 

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、一緒にこのプログラムに参加していた3名から

週末に「China town」に行ってみないかと誘われた。

断る理由もなく、また頭の片隅でゼミナールの研究のことも頭をよぎり、一緒に

行くことにした。

 

当たり前だが英語と中国語(漢字)が並列して書かれていることや、

そのエリアで多く聞かれる言語が、中国語だったこと。カナダにあってそこだけが、

カナダで非ず、異空間の空気を放っていたことに衝撃を受けた。

またたまたま入ったレストラン(という名の「食堂」)で食べた中華料理。

なんとも自分の口に合い、すさんだ心が一気に暖かくなるような気がした。

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「『China town』かぁ~」と、帰国したら横浜や神戸にも、足を運んでみようかなと思った。

この切り口で「Chinese American」を研究してみるのも、趣のあるものに仕上がるのでは?

という考えが浮かんでいた。

 

同時に「外国=言葉(外国語)=英語」と思い取り組んで来たが、突きつけられた事実は

実際に通用するレベルでは決してないということ。そして何より、ひとたび英語を使えば、

レベルの低さに劣等感を抱き、自分が楽しめない。ならば違う路を探すことも必要だ。

この先の英語はあくまでも趣味の範囲として、0ベースで就職活動も取り組む方が

良いのかもしれない。

英語敗北宣言をした、Canada短期留学でもあった。 

 

(次回に続く…) 

 

【自叙伝】(1)幼少期~高校入学

【自叙伝】(2)高校入学~2年生

【自叙伝】(3)高校2年生~大学2年生

【自叙伝】(4)大学3年生

【自叙伝】(5)就職活動 

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