最近私のブログによく登場するミンミン。我が子より10か月幼い従兄妹である。
ミンミンの代名詞は、まさに「ワンパク」。
この国慶節の連休で北京から遊びに来ているのだが、正直毎日手を焼いている。
「打是亲骂是爱(=叩くのは可愛いから、叱るのは愛があるから)」というのが
中国の伝統的な教育方法であり、この数日間それを実感するようなことが続いている。
また「再不听话,就打你屁股了(=これ以上言う事聞かないなら、お尻叩くよ!)」
それ以外にも、さらにより多く耳に届く「否定形」のフレーズ。
- ダメ!
- ~してはいけない!
- 〇〇するような子は嫌い!
- そんなことをするなら、あんたのことなんかいらない!
他にも中国の躾方法の一つと言ってしまえばそれまでなのだが、
悪いことをすると義両親がミンミンに対し、「『大娘(=ここでは私のこと)』は
そんなことするミンミンを大嫌いだ!」と言うのを聞き、全く思っていないことを、
勝手に言われるのは辛いことを伝え、今後は言わないで欲しいとお願いした。
私としては、それを言われた後のミンミンを、ただただ抱きしめ
「そんなこと思ってないよ、大丈夫だよ」と言ってあげる事しかできなかった。
ミンミンは「両親が稼ぎ、祖父母が子守り(孫守りと言うべきか)をする」という、
現在の中国社会の典型的な“子育て体制”で、毎日を過ごしている。
そのため普段忙しい両親に代わり子育ての軸である祖父母は、やはりミンミンに甘い。
もちろん祖父母に育てられるメリットも、論文などでもたくさん発表されているのは
知っているし、参考にといくつも目を通してきた。
しかしこれらは三世代同居などで、あくまでも親が基軸となってという話である。
さらに一番の問題は、休日は両親、その他の日は両家の祖父母が交代で子育てをする。
そのためダブルスタンダードならぬ、トリプルスタンダードが多く存在し、
ミンミン自身が戸惑っているように思える場面も、何度か遭遇した。
また子供の教育方法は、あくまでも「上⇒下」というスタンスのため、威圧的。
一方的でコミュニケーションというより、「服従」という言葉がしっくりくる。
そういう私も、両親からは厳しく躾けられ、一方的な服従式、威圧式で育てられた。
時には「もうあんたのことなんか、知らない」と何度も言われきたため、
「上⇒下」というスタンスが当たり前で、躾けとはそういうものだと思っていたが、
20歳を過ぎた頃、たまたま親戚の家を訪問時、ある出来事に遭遇した事が転機となる。
A君5歳、3人兄弟の長男、活発で利発的だが、とにかく落ち着きがなく“ワンパク”。
椅子を倒し、物を投げ、ワガママ放題。間違いなく私が知るNo,1の悪がきだった。
部屋の中は泥棒が入ったかのような、見るも哀れな状態。誰もがお手上げ状態。
腕白度も最高潮に達したとき、帰宅し様子を伺っていたママがゆっくりと動いた。
「A、ママちょっとお話しがあるんだけれど」と手招きをし呼び寄せ、しっかりと
抱きしめた。
その後子供の目を見て、決して脅すでもなく、声を荒げるでもなく、いたって
平常心で、ゆっくりと子供のレベルに合わせ、諭すように一言一言子供に確認する
ように話しかけ、コミュニケーションをとった。
それまで、あれほどまでの暴れ具合が嘘のように、ママの話をしっかり聞き、
自分でおもちゃ、散らかした椅子を片付け始めた。
まさに「目から鱗」だった。
その経験を踏まえ、主人と子供の出生前から話し合い、決めた我が家の教育方針は、
下記の2点以外は子供自身が納得するまで、見守るスタンスである。
- 生命の危機、今後生活に困難が及ぶ可能性がある怪我に至ること
- 人に迷惑をかける、人の尊厳を侵す、人を傷つける
もちろん、「見守る=隣で見ている」という話ではない。
子供だからと一方的に上から押さえつけるのではなく、怒鳴りつけるのではなく、
我が子にきちんとダメな理由を説明し、しないように話し合いをし、
お互いが納得する着地点を一緒に模索する。
時にイライラし、怒鳴ってしまいそうになるときもあるが、「試されている」と、
一呼吸置くように心がけている。(それでもうまくいかないことはあるが・・・)
ママ歴が片手の指でも余ってしまう私が、子育て、躾について語るのは、
時期尚早は覚悟、おこがましいのは承知の上で、ミンミンが些細な事で
一方的に叱られている姿を見て、疑問符が消えずにいる。
中国の今の子育てが「少し偏っている」ように思えるのは、私だけではないはずと
思う、この国慶節長期休暇である。