ちゃーちゃん@中国瀋陽

中国滞在10年以上の日本人女性から見える「生の中国」とは?

あなたの目には、中国はどのように映っていますか?

あなたが本当に知りたいことはなんですか?

影響力等は決してないですが、日本人と中国人の誤解が少しでも解ければと思って始めたブログです。



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写真と一緒に焼き付けたもの

先日、家族写真を撮影したお話。

多くの方にご覧いただき、本当にありがたい気持ちでいっぱいである。

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そして昨日、撮影後の「写真選択」というビッグイベントに家族で臨んできた。

行くまでは「撮影した写真は、修正なしデータとしてくれるのかな」なんて、

ぼんやりと考えていたが、その考えが甘かったと到着後すぐに認識した。

 

早速アップルマッキントッシュのパソコンが置いてある、チェックルームに通され、

合計198枚撮影した中から、セット内容の決まりである24枚を選択しろとのこと。

つまり、24枚分しかデータをくれないのである。

もし24枚以上を選択したい場合は、10枚についき800元(≒13300円)の追加料金とのこと。

 

これはある程度心づもりをしていたことで、

プラン料金を抑えて営業し、心理的作用を利用し、追加料金の部分で

お金を儲けようというなんとも中国的商売だと思った。

 

壁掛けフォトやアルバムはいらないから、枚数を増やしてほしいと主張する主人を横目に、

「版権こそが一番価値のあるもの」と、一向に耳を貸さない営業。

 

結論から言うと、少し追加料金を払い、もともとの24枚と併せ

合計40枚にしてもらった。これは主人の交渉術の勝利ともいえるだろう。

そこに至るまで、撮影店舗の営業さんと20年営業職の道を歩んできた主人が

それはもう、これでもかという程の営業合戦を繰り広げた。

 

営業の駆け引きは苦手な私は、心理戦を展開する二人を横目で見ながら、ヒヤヒヤ。

さっきのはちょっと値切りすぎ? いやいや、向こうも負けてない。

そんな私の普段の生活とは程遠い、第一線のビジネスの雰囲気と

中国語のシャワーを浴びていた。

 

唯一癒しだったのが、前回お世話になったメイク担当さん。

先日土曜日はゴールデンウィーク連休の前で、4月25日の日曜日が振替出勤。

そのため1日だけの休日とあり、お客様が少なめ。

店舗営業と主人がバトルを繰り広げる中、

彼女は内心穏やかではない私の気持ちを察してか、ずっと隣でいてくれ、

最近起こった笑い話や、私の考えを聞いてくれたり、我が子と一緒に絵を書いたり

全く違う空気感を作ってくれた。

 

主人も店舗営業さんも、交渉が終わるとケロッとしていて、あっぱれだなという思いと

中国で生活をしていくというのは、こういうことだよなと改めて思う

(中国に限らずかもしれないが…)

 

人口14億人と、とにかく分母が大きい中国。

欲しいものは自分で「欲しい」と言わなければ、

時にはそれを他人を押しのけてでも掴みにいかなければ、高い確率で手に入らない。

「順番!」と待っていては、いつまでたっても自分の番はほぼ回ってこない。

言いたいことがあれば他人を遮ってでも言わなければ、

自分の意見を述べる機会さえなく、話が流れていってしまうことも大いにあるし、

声を出さずにいると、存在さえも忘れられたかのようになってしまう。

 

そんな毎日になれたつもりでいた私だが、帰宅し、緊張感がほぐれてから、

なぜあのメイク担当の方に、魅力を感じるのだろうとぼんやり考えていた。

ふと、以前我が子を担当してくれた、我が子も私も大好きだった幼稚園の先生と

同じ”匂い”を感じることに気づいた。

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その”匂い”とは…。

彼女たちは、いつも一生懸命に私の話に耳を傾けてくれることだった。

 

私は中国、特に中国語に興味を持ち、自分で選択してこの場で生活をしている。

とはいえ、外国人として生活を続けることは、時として大きな疲れを感じてしまう。

中国人民であれば難なくできる手続きも、思わぬ足止めを食らったり、

(これは自分自身の問題であるが)言葉の壁、文化の壁、習慣の壁、価値観の壁に

何度となく跳ね返されてしまう。

 

みなさんからは、いったい私がどんなタイプにご覧いただいているか確信はないものの

実はこう見えて、家の中で何かに向かいコツコツと作業を行いながら、

こもっていたタイプである。

 

ただ前述のように、分母が圧倒的に大きいという理由で、

中国では、真の自分とは違う方向のもう一人の自分が、“热闹(=ガヤガヤ)”という

異様なほどの熱量の中で、他の人に負けじと声を張り上げ、テンションを高く保ち、

必要以上に自分を奮い立たせて生活していることも否めない。

 

そんな生活は、自分が思っている以上にパワーを消耗していることに

今更ながらであるが、彼女たちと接し気づいた。

 

彼女たちはそういう“热闹”とは、少しばかり違うタイプである。

大声で主張しなければならない中国社会では、“吃亏(=割を食う)”することもあるだろう。

実際幼稚園の先生は、園長先生からのプレッシャーでよく青白い顔色をし

とても細かったし、(「関連記事」にある)担任交代のひと悶着も、

一番つらい立場だったはずである。

 

彼女たちは決して自分の意見がないわけではない。

ただ、相手の意見にも静かにきちんと耳を傾け、意見を求められた時のために

思考を巡らせている。

 

「私は、私は!」と、ガツガツと主張が必要な社会の中で、

ひっそりとオアシスに咲く花のような、そんな存在の彼女たち。

外国生活の中で、ホッと心が解きほぐされ、安らぎさえも感じ

私が心底「また会いたい」と思う人たちである。

 

同時に自分では気づかない(ふり)をしていたが、

普段の生活の中で、相当気を張っており、だから、彼女たちのような

包み込む優しさが溢れる人に出会うと、ホッと力が抜けた気持ちになるのだろう。

 

そんなことを思いながら、夕食の準備をしているとあのメイク担当の方から、

Wechatにメッセージが送られてきた。

長めのお礼の言葉と共に、改行された一文に温かい気持ちがいっぱいになった。

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 (ご縁だね。私もあなたのことをとても素敵だと思うし、相性がいいんだと思う)

 

こんなふうに、瀋陽で大切な人が

一人、また一人と増えていくことに、この上ない喜びを感じながら、

外国人である私に対しても、受け入れてくれる懐の深さに感謝せざるを得ない。

同時にあのお世話になった幼稚園の元担任に、

「最近また忙しい日々ですか? 最近ヤオヤオ先生に似ている方に出会い、

ふと、ヤオヤオ先生のお顔が思い浮かび、思わず連絡を取りました…」と、

Wechatを送っていた。

 

5月15日。出来上がりの写真を受け取る。

この一連の出会いや感謝も一緒に詰まっている写真。

楽しみで仕方ない。

 

年老いて見返したとき、今感じたこれらの温かい気持ちもきっと思い出すだろう。

そしてこういうご縁が、今の私を支えてくれている。

そう確信した「出会い」だった。

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