8月7日、未明から降り出した雨。
早朝になっても雨脚は激しくなるいっぽう。7時を過ぎても、まだやむ気配はなし。
そろそろ子供をこども園に送り届ける時間になり、
激しい雨が降り続いていたので、主人に車で送ってもらうことにした。
団地を出て広がった世界…。
「なにこれ!?」
思わず主人が急ブレーキを踏んだ。
道路に広がった水たまり。
街の排水機能が弱い瀋陽では、短時間に少しきつめの雨が降れば、
多くの交差点に“小川”が出没する。
ハンドルを握る主人が突然、
「これ!『インディージョーンズ』みたい、ってことは、僕トム・ハンクス!?」
いやいやいや、『インディージョーンズ』でもないし、
『インディージョーンズ』はハリソン・フォードですけど・・・!
と思いながらも、小心者の主人のこと。きっと心はビクビクしてるはず。
「すごいやん! トム・ハンクス!! カッコイイ!!!」
とにかく私は車を前に走らせてほしく、思わずこの一言が出てしまった。
悪気はないのよ、でも、でもね、あなたの性格はわかっているんだもん。
ますます強くなる雨。
1キロ先のこども園がやたら遠く感じる。
降り続く雨の中、ハンドルを握る主人の口から、思わず漏れた一言。
「Jesus!」
彼の中ではまだ“トム・ハンクス”らしい。
雨はさらに強くなり、海がない瀋陽に、突如として湧き出た「海」。
結局私たちの車は、前後の交差点に集まった水でできた「海」の間に。
多くの車が立ち往生。
幸い雨は収まりはじめたが、それでもウンともスンとも動かない車。
エンジンを止め、外にでて煙草を吸う人や、近くのコンビニに足を運ぶ強者まで。
このあたり、さすが中国だなと思う。
また大粒の雨が落ちだした。
こども園の開園時間は、一刻一刻と迫ってくる。
時計を見た後、「行ってくる!」と言い残し、子供を抱きかかえ、傘を差し
子供が雨で濡れないように自分の服を頭にかけてあげ、雨の中徒歩でこども園へ。
思わず『アルマゲドン』の光景が目に浮かぶ。
“I could stay awake just to hear you breathing”と、
エアロスミスの『I Don't Want to Miss a Thing』が聞こえたような気がする。
「家族はチーム」といつも言う主人の言葉にそうように、
私はその間、そのまま車に残り前の車が動き出すのを待つ。
と言えばカッコイイのだが、本当はただ単に車の中にいただけ。
10分ほどして主人が戻ってきた。
ジーンズは裾から太ももまで、濡れてすっかり色が変わっていた。
さらに時間は流れるも、1時間たっても、2時間たっても、車は動かず。
結局、車の中に閉じ込められること4時間強。
そうなると問題が起こってくる。
どんな状況だろうと、人間は自然の摂理にはかなわない。
そう、トイレに行きたくなってきたのだ。
気を紛らわせるため、パソコンと携帯を使って仕事をしている主人を横目に
作詞作曲の「トイレの歌」なんぞ歌ってみる。
密か~にアピールするが、効果なし。
しばらくしてパソコンを、リズミカルにタイピングしている主人を覗きこんでみる。
「大丈夫、大丈夫!」とあくまでも他人事。
そりゃ男性は、本当にやばくなれば、草むらに消えていけるし。
そろそろ私の膀胱も限界になり始めたころ、車体の高いバスが動き始める。
日頃の行いが良いのか、ちょうど目の前がバス停。
念力をこめて、主人を凝視する私。
殺気を感じたのか、頭を上げ、こちらを向く主人。
絞り出すような声で「バス!」と訴える私。
そこは夫婦の絆。
ほかのことは言わなくとも、すべてを理解した主人。
「よし、あとのことは任せろ!」と言い親指を力強く立てる。
どうやら、まだまだトム・ハンクスのようだ。
向こうの交差点で、乗るべきバスが信号待ちをしているのが目に入る。
「あっ、バスが来た」と急ぐ私に
「えぇ、もう行っちゃうの?」とトム・ハンクスが一気に普段の主人に戻る。
無事にバスに乗り込み、バスの外側にいる主人に手を振る。
笑顔で見送ってくれるその姿は、間違いなくトム・ハンクスより素敵だった。
心の中で「ありがとう!」とつぶやく。
徐行運転のバスが走りだし、目に入ってくる光景に思わず携帯カメラを取り出し
決定的瞬間をパシャ、パシャ。
私たちの車が止まっていたところは、水もほぼ引いていたが、
前の交差点ではこんな風になっていたなんて。
バス停にして2駅。
日常とはあまりにも異なる景色を、しばし堪能しながら無事到着。
バスから降りると同時に主人に電話をかけてみると、
道路復旧員がマンホールのふたをこじ開け、水が引き出したとのこと。
ふぅ、よかった。
私に遅れること30分、無事主人も家に到着。
長い長い「子供をこども園まで送る旅」だった。
「主人も本当にお疲れ様でした!」
午後、友人たちから送られてくる「自慢の動画」の嵐。
携帯の着信音が引っ切り無しに鳴り響く。
せっかくたくさん送ってくれたので、そのうちでも大変だった地区の動画を共有したいと思う。
「うんうん。大変だったよ、お互い。疲れたね~」とwechatで何度送ったことか。
とにかくみんな、無事で良かった。